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東京地方裁判所 昭和56年(特わ)316号 判決

主文

被告人両名をそれぞれ懲役八月に処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各九〇日をそれぞれその刑に算入する。

被告人峯尾佐都子に対し、この裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人島津義廣は、昭和四五年四月明治大学二部文学部に入学し、昭和五三年三月同学部を除籍になつたもの、被告人峯尾佐都子は、昭和四五年四月東京理科大学理工学部に入学し、昭和五二年三月同学部を卒業したものであつて、いずれもいわゆる革労協(正式名称は革命的労働者協会)の下部の非公然組織で、党派闘争中の対立党派に関する調査等を担当していた「朝日」に所属していたものであるところ、被告人両名は、昭和五三年二月一〇日ころ、右「朝日」の指導者的地位にあつた門田こと今枝義充の指示に基き、同人及び「朝日」に所属する山倉こと児玉一明と順次共謀を遂げたうえ、いわゆる革マル派(正式名称は日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)の同調者と目されていた石井恭二の動向を監視するため、日本電信電話公社が設置した東京都文京区小日向三丁目一一番三号右石井方の加入電話の通信内容を傍受しようと企て、あらかじめ四名全員で石井方やその近辺の状況等を調査したりしたのち、

第一  昭和五三年三月一日ころの正午ころから午後二時ころまでにかけて、要員の輸送を担当する被告人峯尾が近くに普通乗用自動車を用意して待ち受ける間、前記の今枝及び児玉において、同区小日向三丁目一一番五号先路上に設置されている同公社の電話柱(跡見幹一五号)に登り、同電話柱寄りの電話線ケーブルに取り付けてある接続端子函内の石井方加入電話の電話回線に盗聴用発信機を仕掛けようとして、誤つて同区小日向三丁目一一番三号橋本正明方の加入電話の電話回線に右発信機のコードを接続させたうえ、同区小日向三丁目四番一四号拓殖大学B館屋上に録音装置付受信機を置いたが、その後右受信機の位置が受信に不適切であるのに気付いたため、同月八日ころ、被告人島津において、右受信機を同所から同区大塚一丁目六番五号市古宙三方垣根に移動させて、同月九日ころ、右橋本が同人方加入電話を使用して実妹服部邦子と通話した内容を受信し録音し、もつて、同公社の取扱中に係る通信の秘密を侵し、

第二  同月一三日ころの正午ころから午後一時四〇分ころまでにかけて、前同様にして被告人峯尾が今枝とともに近くに普通乗用自動車を用意して待ち受ける間、被告人島津及び児玉において、前記電話柱に登り、前記接続端子函内の石井方加入電話の電話回線に前記盗聴用発信機を仕掛け直そうとして、あらためて同端子函内にある他の電話回線に右発信機のコードを接続させたうえ、前記市古方垣根に前記録音装置付受信機を置き、もつて、同公社の取扱中に係る通信の秘密を侵そうとしたが、右発信機のコードを接続した電話回線が石井方加入電話の電話回線に隣接する空回線であつたため、その目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、(一)被告人らに対する本件公訴の提起は、本来微罪で実害がなく、被告人らが従属的に関与したにすぎない事案について、三年余りも経過してなされたものであり、被告人らに対する取調状況や捜査の経緯等にも徴すると、検察官が革労協の壊滅という政治的弾圧を目的とし、公訴権を濫用して起訴不起訴の裁量の範囲を著しく逸脱していた無効なものであるから、公訴棄却の判決がなされるべきである、(二)被告人峯尾について、検察官は主位的に同被告人が実行共同正犯であると主張するが、判示第一、第二の各事実において、同被告人は自動車を運転して盗聴用機器の設置場所付近まで他の者を送り迎えしたことが立証されているにとどまり、その程度では実行行為ないしはこれに密接な行為をしたとはいえないので、同被告人は実行共同正犯には当らず、また、検察官は予備的に共謀共同正犯であると主張するが、その主張のような昭和五三年二月一〇日ころの時点では、共謀といえるほど具体性のある話合いはできておらず、同被告人に共謀共同正犯の罪責を問うことはできず、いずれにせよ同被告人は無罪である、(三)判示第二の事実においては、盗聴用発信機がいずれの加入電話にも通じていない空回線に接続され、電話通信の秘密はもともと侵すことが不可能であつたので、その所為は不能犯であつて、罪とはならない、(四)革マル派は革労協の組織破壊をねらつて種々策動しているが、石井恭二は革マル派の秘密同盟員であつて、革労協に対するテロ行為を正当化する、水本事件の真相を究明する会の代表的地位にあつたものであるから、革労協の者らが右石井に対し監視活動を行うことは、革労協の組織と運動を防衛するため必要なことであつて、本件のような所為は目的及び手段ともに正当なものとして、その違法性が阻却される旨主張する。そこで、関係の証拠を検討し、順次判断を示すこととする。

(一)  本件犯行が微罪で実害のないものとは断じ難いうえ、被告人らの犯行における各行動内容も軽視できず、その他の事情を考慮してみても、被告人らに対する本件公訴の提起がもつぱら政治的目的に出たものと疑う余地はなく、本件公訴提起の手続が公訴権の濫用に当るとして無効とすべき理由はない。

(二)  被告人峯尾の判示第一及び第二の各犯行への関与状況についてみると、次の事実が認められる。

被告人峯尾は、今枝義充、児玉一明及び被告人島津とともに、革労協の下部組織で、対立党派の調査等を担当していた前記「朝日」に所属し、昭和五三年二月上旬ころ相模湖近くで、右児玉が中心となつてした電話盗聴の技術訓練に加わり、同月一〇日ころ右今枝から、石井方加入電話の盗聴を実行することを指示されるや、別の機会に今枝から同様の指示を受けた児玉及び被告人島津を含め、直ちにこれら三名と相協力しつつ、行動を起こし、盗聴用機器の設置場所を探したり、石井やその同居者の行動、日本電信電話公社の巡回車両の通過状況等を調査するなどし、同月中旬ころには、上野の都立美術館や渋谷の西武デパート屋上において、今枝ら三名全員あるいはその一部の者と右調査結果の検討を行なつた。

その後、被告人峯尾は、同月二七日ころ渋谷の東急デパート屋上において、児玉とともに、今枝から、その場にいる三名で盗聴用機器の設置を三月一日にすること、当日の集合時間、集合場所等について指示を受け、三月一日午前一一時一〇分ころ国電鶯谷駅付近の喫茶店で、今枝及び児玉と落ち合い、同人らを自己の運転する普通乗用自動車に乗せて、文京区小日向二丁目所在の児童公園付近まで送り届け、同人らが盗聴用発信機を仕掛ける作業をしている間、同区小石川五丁目所在の竹早公園付近に自車を駐車させて、右作業が終るのを待ち、同人らが戻ると、録音装置付受信機の設置に行く同人らを乗せて、前記拓殖大学に向い、同大学西門付近で同人らを再度降ろし、さらに同大学東門付近で待ち受け、右受信機を同大学B館屋上に置いて来た同人らを拾い、その場を立ち去つた。それから、同月六・七日ころ右屋上において、今枝及び児玉と連れ立つて、受信機の録音装置が作動しているか否かを調べ、受信機の設置位置の変更、さらには発信機の接続間違いの判明等があつたのち、同月一一日ころ池袋の西武デパート屋上において、児玉とともに、今枝から、あらためて盗聴用機器を仕掛け直すことについて指示を受けた。

そして、被告人峯尾は、同月一三日ころの午前九時五〇分ころ、普通乗用自動車を運転し、今枝を同乗させて文京区大塚四丁目所在の大塚公園付近までおもむき、同所で被告人島津及び児玉も同乗させ、その近辺をドライブして時間を潰したのち、正午ころ前記児童公園付近において、発信機の仕掛け直しに行く被告人島津及び児玉を降ろし、今枝とともに前記竹早公園付近で待機し、被告人島津及び児玉が右作業を終えて来ると、同人らを再度右児童公園付近まで運び、同人らに受信機を設置しに行かせ、戻つて来た同人らを乗せて帰途についた。

以上のような事実関係に照らせば、本件各犯行に関する被告人峯尾の個々の具体的な行為には、いまだ公衆電気通信法一一二条一項違反の罪の実行行為に当るとすべきものはもとより、右実行行為と同視できるほどにこれと密接不可分な行為に当るものもなく、同被告人は本件各犯行の実行共同正犯であるとはいい難い。

しかし、被告人峯尾は、昭和五三年二月一〇日ころ今枝から石井方の電話盗聴を行なう旨の指示を受けたことから、右電話盗聴に加わり、本件各犯行の当日に至るまで前記のとおり種々の行動に出ているが、その間の状況をみると、犯行の内容や他の共犯者らの役割分担等を熟知し、かつ、今枝は別にして、同人以外の共犯者らとは「朝日」の構成員としてほぼ同等の立場で意思を相通じて犯行に加功し、自らは犯行そのものには関与しなかつたとはいえ、他の共犯者らと一体となつて犯行を遂行していたと認められるので、被告人峯尾は、本件各犯行について共謀共同正犯としての責任を負うものといわなければならない。そして、被告人峯尾と他の共犯者らとの共謀関係は、時の前後によつて具体性の程度に差異があるものの、被告人峯尾がもともと前記のような組織の「朝日」の構成員であつて、同構成員として他の共犯者らとともに事前に電話盗聴の技術訓練にも参加していたことなどによるならば、被告人峯尾と他の共犯者らとの共謀は、すでに昭和五三年二月一〇日ころの段階で成立していたということができる。

(三)  判示第二の犯行の盗聴用発信機設置をめぐる状況についてみると、右発信機が仕掛けられた電話回線のある接続端子函は、判示電話柱に架線されている電話線ケーブルの、右電話柱から北方約三八センチメートルの個所に取り付けられていること、同接続端子函は、蓋の付いた長さ約四三センチメートル、幅約七・五センチメートル、高さ約一四・五センチメートルの箱型のものであり、その内部には、外被を剥がれた電話線ケーブルが上部を通り、四端子ブロック三個が底面に併置されているほか、付近の加入電話の電話回線が右電話線ケーブルからのリード線で右四端子ブロツクの端子に接続され、その端子からさらに加入電話の引込線がのびていること、石井方加入電話の電話回線は同接続端子函内において、中央にある四端子ブロツクの左側から二番目の端子を使つており、これに隣接する同左端の端子には、昭和五二年一二月中に撤去ずみの小松門三郎方加入電話の電話回線に使われたリード線等が配線されたまま残されていたこと、本件犯行に際しては、被告人島津が前記電話柱に登つたのち、同接続端子函の蓋をあけ、石井方への引込線につながるリード線を探しにかかり、右引込線をゆすつてみるなどし、右電話柱に登つてきた児玉の助けも得て、右リード線を見分けることができたと考え、一組のリード線に発信機のコードを接続させたが、それが結果的には誤つていて、接続したリード線は、前記のように撤去ずみの小松方の加入電話のために使われていたものであつたことなどが認められる。

そうすると、被告人島津らにおいては、石井方加入電話の電話回線のリード線のある接続端子函の蓋をあけ、右リード線を現実に探しにかかつているので、同加入電話について通信の秘密を侵す行為にすでに明らかに着手しており、被告人島津らが同加入電話の電話回線のリード線を正しく見分けていさえすれば、所期の電話盗聴の目的を達していたはずであるのに、たまたま右リード線を見分けることに誤りがあつたため、電話盗聴の目的を実現できずに終つたにすぎない。本件所為は未遂の罪を構成することに欠けるところがなく、いわゆる不能犯には当らないというべきである。

(四)  革労協が革マル派と深刻な対立抗争関係にあり、石井が革マル派の活動に関係する有力者であることも、証拠上これを認めることができるが、本件犯行が革労協の組織等を防衛するため必要であつたとは必ずしもうかがい得ないのみならず、たとえそのような必要性があつたとしてみても、本件犯行のような所為にまで出ることが社会的相当性のあるものとは到底考え難い。本件犯行について違法性が阻却されるとすべき事情は格別見出せない。

以上のとおりであつて、弁護人の主張は結局いずれも理由がなく、採用できない。

(法令の適用)

被告人両名の判示第一の所為は刑法六〇条、公衆電気通信法一一二条一項に、同第二の所為は刑法六〇条、公衆電気通信法一一三条、一一二条一項にそれぞれ該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内において、被告人両名をそれぞれ懲役八月に処し、同法二一条を適用して、被告人両名に対し未決勾留日数中各九〇日を右刑に算入し、被告人峯尾佐都子に対しては、同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件は、実力を行使し合う新左翼党派間の闘争を背景にして、非公然活動を行うグループに所属していた被告人らが、相手方組織の有力同調者の動向について情報を入手するため、状況調査等の下準備をしたのち、判示のとおり二回にわたり、精巧な機械装置を使用して、右同調者宅の電話通信の盗聴をはかり、うち一回は全く無関係の市民の電話通信を受信し録音した、という事案であり、犯行の動機ないしは目的、態様、結果、罪質等、その犯情には芳しからざるものがあるというほかない。加えて、被告人らはいずれも、主犯格とはいえないにせよ、共犯者らとたがいに役割を分担し合つて、積極的に行動してもいる。

そして、被告人島津は、昭和五一年一月東京地方裁判所で、昭和四九年五月に犯した住居侵入罪によつて懲役一〇月執行猶予二年間に処せられ、この前科こそ昭和五三年二月に執行猶予期間が満了しているものの、昭和五一年一一月同裁判所で、昭和四七年一一月に犯した住居侵入罪及び威力業務妨害罪によつて懲役一年執行猶予二年間に、さらに昭和五二年一二月東京高等裁判所で、昭和四六年五月に犯した兇器準備集合罪及び公務執行妨害罪によつて懲役一年執行猶予三年間にそれぞれ処せられていて、本件当時は二重の執行猶予期間中にあるとともに、最後の判決宣告後二か月余しか経過していなかつたものである。同被告人の反規範的な態度は厳しく責められなければならず、本件公判審理に現れた有利とすべき情状一切を考慮に入れてみても、同被告人がこの際前記程度の懲役刑の実刑を受けるのはやむを得ないというべきである。

しかし、被告人峯尾については、同被告人の犯行への加功の程度が共犯者らのうちで最も低いとみられ、また、所属組織の活動に関連する起訴猶予歴が一回あるほか、前科等犯歴がなく、その他同被告人に有利とすべき情状を斟酌すると、今回は同被告人に対しては執行猶予付きの刑をもつてのぞむのが相当と思われる。

そこで、主文のとおり判決する。

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